冬の行水 その3 / 2007年05月16日
小学三年生の時に、市が区画整理を始めた。
大工さんが家にきて、新しい家の相談をしていた。
僕の家の二階のベランダの下がちょっとした庭になっていた。
そこには、ベランダから紐をたらして作った、ちょっとしたブランコがあった。
そのブランコは近所の子も勝手に使っていた。
夕方、夕日で紅く染まったブランコが、風で少し揺れていた。
僕の家のまわりが、全て新しくなった。
みんなうきうきしていた。
道路も全部アスファルトになった。
みんなの顔も輝いていた。
どんどん素敵な世の中になる。
みんなそー思っていた。
みんなしあわせだった。
トイレだって全部水洗。
もー、臭くない。
ホースの先に軟球をつけた「バキュームカー」もこない。
せいせいした。
人や町が力強く見えた。
古い家が壊されて新しい家が建った。
建てている間はプレハブの仮住まいだった。
楽しかった。
知らない人が両隣に住んでいたり、お店が近かったり、部屋の中の鉄骨にぶら下
がったりして遊んだ。
引っ越しの日。
しあわせの頂点だった。
そう、有頂天。
家の中全部新しい匂い。
畳の鼻をつく香りに包まれ、新しい食器に囲まれ、新しいふかふかの布団で寝た。
しあわせが「肉眼」で見えた。
庭がかなり小さくなった。
そして、ブランコはなくなっていた。
新しい家には沸かせる風呂があった。
シャワーがついている。
ひねるとお湯がでる。
僕は泣きはじめた。
それは、
「棺桶」をなくした涙だった。
「ブランコ」をなくした涙だった。
「新しさ」を獲得した涙だった。
「不便」を喪失した涙だった。
どうしていいかわからない涙だった。
しばらく泣き続けた。
僕が死んだら、うんこを漏らした友達を洗ってくれた
あの「棺桶」に入りたい。
プラスチックの、持つとこにビニールのヒモのついた中途半端な水色の
あの「棺桶」に入りたい。
もう一度、真冬に行水がしてみたい。
あの「棺桶」で。
入る前には、いちいち台所で、薬缶やら、家で一番大きな鍋やらでお湯を何度も
沸かし、棺桶に溜めて。
入る前には、いちいち台所で、薬缶やら、家で一番大きな鍋やらでお水を何度も
運び、棺桶のお湯をうめて。
寒くて寒くて、お湯がすぐに冷めてしまうので、何度も沸騰したお湯をつぎ足す。
そこだけ熱くなるから、笑いながら「あっちい、あっちい」って言いながら、笑
いながら「あっちい、あっちい」って勢いよくかき回す。
あがると母が大きなタオルを広げて待っていてくれる。
拭いてるそばから身体が冷えてくる。
死んだ僕は、中途半端な水色の、あの「棺桶」の中で
ゆっくりと目を瞑り、ゆっくりと耳を澄ます。
すると、近所のお母さんたちの井戸端会議が何処からか聞こえてくる。
そして、死んだ僕の口元がゆっくりと「ゆるみ」はじめる。
大工さんが家にきて、新しい家の相談をしていた。
僕の家の二階のベランダの下がちょっとした庭になっていた。
そこには、ベランダから紐をたらして作った、ちょっとしたブランコがあった。
そのブランコは近所の子も勝手に使っていた。
夕方、夕日で紅く染まったブランコが、風で少し揺れていた。
僕の家のまわりが、全て新しくなった。
みんなうきうきしていた。
道路も全部アスファルトになった。
みんなの顔も輝いていた。
どんどん素敵な世の中になる。
みんなそー思っていた。
みんなしあわせだった。
トイレだって全部水洗。
もー、臭くない。
ホースの先に軟球をつけた「バキュームカー」もこない。
せいせいした。
人や町が力強く見えた。
古い家が壊されて新しい家が建った。
建てている間はプレハブの仮住まいだった。
楽しかった。
知らない人が両隣に住んでいたり、お店が近かったり、部屋の中の鉄骨にぶら下
がったりして遊んだ。
引っ越しの日。
しあわせの頂点だった。
そう、有頂天。
家の中全部新しい匂い。
畳の鼻をつく香りに包まれ、新しい食器に囲まれ、新しいふかふかの布団で寝た。
しあわせが「肉眼」で見えた。
庭がかなり小さくなった。
そして、ブランコはなくなっていた。
新しい家には沸かせる風呂があった。
シャワーがついている。
ひねるとお湯がでる。
僕は泣きはじめた。
それは、
「棺桶」をなくした涙だった。
「ブランコ」をなくした涙だった。
「新しさ」を獲得した涙だった。
「不便」を喪失した涙だった。
どうしていいかわからない涙だった。
しばらく泣き続けた。
僕が死んだら、うんこを漏らした友達を洗ってくれた
あの「棺桶」に入りたい。
プラスチックの、持つとこにビニールのヒモのついた中途半端な水色の
あの「棺桶」に入りたい。
もう一度、真冬に行水がしてみたい。
あの「棺桶」で。
入る前には、いちいち台所で、薬缶やら、家で一番大きな鍋やらでお湯を何度も
沸かし、棺桶に溜めて。
入る前には、いちいち台所で、薬缶やら、家で一番大きな鍋やらでお水を何度も
運び、棺桶のお湯をうめて。
寒くて寒くて、お湯がすぐに冷めてしまうので、何度も沸騰したお湯をつぎ足す。
そこだけ熱くなるから、笑いながら「あっちい、あっちい」って言いながら、笑
いながら「あっちい、あっちい」って勢いよくかき回す。
あがると母が大きなタオルを広げて待っていてくれる。
拭いてるそばから身体が冷えてくる。
死んだ僕は、中途半端な水色の、あの「棺桶」の中で
ゆっくりと目を瞑り、ゆっくりと耳を澄ます。
すると、近所のお母さんたちの井戸端会議が何処からか聞こえてくる。
そして、死んだ僕の口元がゆっくりと「ゆるみ」はじめる。